大企業を脱サラした24歳の丹波篠山での挑戦

丹波篠山を舞台にやりたいことを形にしていきます。何もない若者がどこまでやれるか頑張ります!

#平成最後の夏を終えて

#平成最後の夏。

 

平成最後の夏にやりたい事業を実施することができた。

 

キャリアツーリズム。

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人生を考える旅。

 

 

今の環境から離れて、いつもなら会わない人たちと

 

 

働かないところで、自分のことを考える。

 

 

そんな時間が人生の中で取れることをもっと当たり前に。

 

最短は、2泊3日。最長は、2週間。

 

今年の夏は、30名の学生を受け入れ、17名のインターン生を迎えた。

 

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実施して感じたこと。

 

 

若者が悩んでいる。若者とは、20代。

 

 

現在抱える20代の持つ世の中に持つ怒りや葛藤。

 

 

私自身もまだ25歳である。

 

25歳で道を外れたからわかる今の情報が多くの人に届くように。

 

 

就職を前に感じる社会に向き合う自分たちの弱さ

 

真面目に進学や勉強に取り組んで来た若者たちがぶつかっている壁。

 

自分自身もそうだった。

 

『何がやりたいの?』って聞かれて苦しいんです。

 

少し僕の話を聞いてください。

 

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僕の名前は、米田 麻人って言います。

 

 

僕は、3人兄弟です。

 

兄、僕、妹。

 

そんな僕は、6歳くらいのころ、

 

兄と喧嘩をして、妹に意地悪をして、

 

お母さん、お父さんに怒られ、

 

2階のベッドの中に中で布団の中で、

 

枕を抱きしめて、

 

『自分なんていなければ、

 

生まれなければよかった』と思っていました。

 

そんな存在を肯定できなかった上に、

 

肥満だし、アトピー性皮膚炎になったんです。

 

自分が生きていることだけでも迷惑をかけている気持ちになっていたんです。

 

 

そんな感情を感じるのが嫌で、いつからか感じることを止めてしまった

 

 

そんな自分のことを肯定できずに、

 

自分を責めきった結果感情を感じなくなったのです。

 

 

そういったことを今やっと受け入れられました。

 

 

親に認められようと生きること、

 

 

兄や妹に負けないように愛されたかったんです。

 

 

自分が頑張っていないと周りの人たちに許してもらえないんじゃないかって。

 

 

僕の場合は、失敗した!って時に

 

周りで『ええ経験やん。』っとか事実の解釈をポジティブに転換して、

 

受け入れてくれる存在が母としていてくれたことが大きかった。

 

その時に、『お前はダメなやつだ』って言われていたら

 

どれほど傷ついたんだろかと思います。

 

さらに、自分のことを許し、認められないと

 

関わる人たちのことも許せず、認めることができない。

 

どんどん負のスパイラルに入って行く。

 

『自分に厳しく=人に厳しい』

 

相手への言葉は自分に返ってくる。そんな負の言葉が行き交ってるのだろう。

 

そんな状態の人たちが多いから、安定した居場所がない。

 

 

脆弱な自分に、装飾品のようにプライドをつけて行く。

 

 

誰かを馬鹿にしたり、見下したりしなくたっていい。

 

 

まずは、自分と向き合って、その頃の自分を許して、認めてあげること。

 

そのことが一歩目になるのではないかと思います。

 

 

自己分析なんて言葉じゃなく、自分を振り返ってほしい。

 

詰め込んだ先に待つ将来

 

やりたいことがない。

 

好きなことがわからない。

 

そんな大学生が溢れている。

 

それはないのではなくて、装飾品をつけられすぎて、

 

自分の感情が見えなくなってしまったのだと思う。

 

好きなことややりたいことは一旦置いておき、

 

やるべきことをうまくこなせてしまったから、

 

感情をうまく処理できるようになったからこその悩み。

 

 

震える生き方の選択

 

何者でもない自分を経験したことがない若者からすると、

 

 

何者でもない自分を許してもらえないと苦しんでいる。

 

 

〇〇大学じゃなくても、〇〇会社じゃなくても

 

 

認めてくれる場所はきっとある。

 

しかし、そんな場所があるなんて知らないみたいです。

 

 

僕はそんな選択肢があることを伝えたいのです。

 

 

誰から馬鹿だった言われようが、

 

自分が信じた道を歩く楽しさを伝えたいのです。

 

 

そんなイベントを作りましたので、

 

ぜひお越しください。

 

 

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参加フォームはこちらから定員30名ですので、お早めに。

 

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自然にできていることをとことんやってみる。

 

【自分のことがわかってきた。】

 

僕は器が小さい。

 

失敗はしたくない。

 

だけど、人には頼れない。

 

自分でなんとかしようとする。

 

結果なんとかならない。

 

気がつけばこんな状態。w

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【苦手からは逃げます宣言】

 

自分が得意なことは人と出会うこと。

 

人のいいところを見つけるところ。

 

いいところを誰かに教えることが好きである。

 

美味しいパン屋を見つけたら教えたくなる。

 

そんな人のようである。

 

僕はワクワクすることを考えることが好き。

 

そのワクワクに人を巻き込んで行くのが好き。

 

そんな状況がたまらなく好きだ。

 

僕が出会う困ったを持つ人と

 

僕が出会う面白い人を会わせることが僕がやりたいこと。

 

 

その瞬間を考えるとワクワクする。

 

出会いは必然だという。

 

自分の役割は誰かと誰かをつなぐことが役割なのかもしれない。

 

【得意、好きを社会に役立てる】

 

小さな教室にいる子どもたちにも

 

僕が出会う面白い、ワクワクする大人に会ってほしい。

 

 

働き方改革じゃない、生き方改革を起こしたい。

 

もっともっと管理されるんじゃなくて、

 

自分で選択をしていくこと。

 

苦しい修行ではなく、簡単にできることをもっともっと

 

できるようになるように。

 

そんな比べない、異なった生き方を推奨する社会をはやく創ろう。

 

僕らができることは、

 

『居場所を創ること』と『活躍できる場所と人とつなぐこと』

 

さぁ、毎日を楽しく過ごそう。

 

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何がやりたいのかを明確に整理する。

長文だけど本音です。

 

 

【世の中の苦しいを楽しいに変える。】

大学生のときに見つけた自分自身の生きる理念だった。

僕は、自分が幸せになってはいけないと思っていた。

だからこそ、世の中の苦しいを楽しいに変えたかったのだろう。

当時見えた社会は大学生の僕にはみんな苦しんでいるように見えた。

 

仕事、勉強、人間関係に苦しんでいるように見えた。

社会は理不尽で、苦しいのが当たり前なんだって。

だけど、当時の僕は楽しいに変えたかったみたいだ。

 

【なんで楽しいに変えたかったのか?】

僕はあまり言ってはこなかったが『自殺』というのがとても嫌だ。

今は、死ぬという選択肢を持つことはいけないことではないと思う。

だけど、それ以外の選択肢を持つことができなかったのかと思ってしまう。

真面目すぎるが故に選択肢を消していってしまう。

日本では、お金がなくても死ぬことがない。

しかし、自らが命を絶ってしまう。

そんなことは誰も望んでいないはずである。

 

追い込まれていく社会ってやっぱりおかしいと思う。

逃げてもいい。辞めてもいい。弱くてもいい。

そんな人間らしさをみんなわかってはいるのにわかってはくれない。

それを認めてしまうと今までの自分を否定してしまうことになるから。

できる自分でいないといけない。かっこいい自分でいたいと思うからこそだろう。

幸せの水準が上がりすぎたからこそ不幸な人が増えている。

幸せだぜ競争はやめにしよう。

 

【誰も悪くない】

子どもが苦労しないようにと強くしようと親は子に厳しくする。

簡単には子どもを認められない。もっと自慢の息子、娘にするために。

だけど、その子どもは頑張らないと認められないと自分を苦しめる道を歩む。

できないと落ちこぼれのレッテルを貼られる。

だけど、できないことをできるようにすることがテストの成績を上げることだ。

勉強ができない、運動ができない、そんなことで自分はダメだって思う。

できるようにしようと大人が頑張る。やらないと大変なことになるよって。

できなくても大丈夫なのに。

いけないと決めたのは誰でしょうか。

 

【人と違っていい】

人と違う自分はいけないことだと思ってしまう。

普通じゃないよ。いや、普通ってなんですか?

できないことを社会は認めてくれない。

頑張らないと誰も認めてくれないと思っている。

頑張り続けた人ほど追い込まれてしまうのだろう。

頑張るから楽しむに変えていこう。

ここまでやってきた努力を誰かと比べて

どこかで自分自身を認めてあげられなかったりする。

今までの許せない自分がいる。

もう許してあげよう。楽しんでいいのだから。

 

【選択肢を増やす、一歩踏み出す機会を創る】

私は今多様な生き方を知ることができた。

今の若者が我慢できなっているのではなく、

情報過多になり、新たな選択肢を持てたからだと思う。

見える選択肢をもっともっと増やしていきたい。

そして、その人が生きていることを肯定でき、

伴走できる社会を創りたい。

『もっと自分で決めたらいい。』

『自分の疑問やわくわくすることや好きなことに夢中になればいい。』

自分の人生を幸せにしてあげられるのは、自分しかいないのだから。

 

僕は上手じゃない。

文章も下手、巻き込むのも下手である。

何よりも人に頼むのが下手である。

だけど、毎日楽しく奮闘しながら生きている。

そんな僕を助けてくれる人がいる。

今自分1人ができることの小ささ、

自分の力のなさに打ちひしがれるときもある。

できないことを嘆くより、自分が生きることを楽しむことにしました。

 

その結果が、どうあるかは読んでくれた人、

見てくれている人、会ってくれた人が決めること。

 

これからも未熟者ですがお世話になります!

 

知識じゃなくって勇気が湧いてくる場所を創る。

知識を知恵に変える居場所作り

 

パソコンが一台あれば、なんでもできる時代になっている。

 

今注目の動画学習サービス24選|ferret [フェレット]

 

受験勉強も英語も資格試験も動画サービスがある。

 

学ぶ機会は、提供されているからこそ

 

これからは行動量が差別化を産む。

 

機会は均等にあるが、機会をチャンスに変え、

 

考えを経験にすることが大切だということです。

 

 

しかし、学んだことを継続できる人はたった4%だと言うことだ。

 

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学校は学ぶ機会であるが、

 

実践であるテスト勉強や宿題が重要になるということである。

 

思い当たる節はないでしょうか。

 

『わかった!と思ったけど、できない。。。』

 

わかる!をできる!に変えるところということです。

 

 

ライザップのような場所がこれからももっと増えて来ると面白い。

 

 

共通の目的の人たちと一緒にいることが

 

 

実践する理由になっていく。

 

 

インターネットにより、知識に価値はなくなっていくが、

 

 

経験と合わせた知恵には価値がある。

 

 

知識を知恵にするために

 

自分をマネジメントしてくれる存在を置くことに価値がある。

 

 

つまり、人と違うことを許容し、応援してくれる環境

 

 

自分の周りに作って置くことが重要となること。

 

 

 

 

人と違うを面白がろう

 

 

日本人は、同一民族であり、農村中心の生活だったので、

 

 

同調圧力が働きやすく、人と違うといじめを引き起こして行く。

 

 

しかし、それは同調圧力が生じる状況にだけ機能する。

 

 

学校、大企業、街といった単位で考えると人と違うと言うことは、

 

 

孤立を生み出して行く。

 

 

どこか人と違うことがダメなことだと感じてしまっている。

 

 

みんな一緒が善で、私だけ違うが悪だという文化。

 

 

しかし、文化と技術は異なってきている。

 

 

白黒テレビはすでにスマホにまで、

 

『みんな一緒』が『それぞれ一人一人』の時代になっている。

 

 

みんな一緒の無言の前提が一人一人が違うという前提に変わってしまった。

 

 

否定するのではなく、認め合い、行動まで支援できる場所を

 

 

私は当たり前に創りたい。

 

 

勇気が生まれるような、自信を持てる場所を。

 

 

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まっすぐ教育を考えられるプログラム

まとめ

  • 教育に正解はない
  • 子どもと向き合おう
  • 仲間と向き合える
  • 教育キャリアツーリズムとは

 

教育に正解はない

 

教育と一言に言っても子どもの数だけ

 

 

教育が存在する。

 

 

その子にとって何が必要か、必要だったのかは、

 

いつも正解はわからない。

 

 

人生の成功・正解という定義が

 

すでにない世の中においてはより難しい問題になる。

 

 

しかし、現在の子どもたちが息苦しさを感じていることは感じる。

 

 

情報が手に入らなかった時代であれば、

 

先生や親が言っていることが絶対でしかなかった。

 

 

言ったことができなければ落ちこぼれでしかありませんでした。

 

 

だけど、今の時代はインターネットが普及して、

 

2歳や赤ちゃんでもYou tubeを再生して見ることができている。

 

 

この情報過多な時代からいえば、学校という世界

 

 

価値観だけを押し付けられるのに息苦しさを感じてしまうのだろう。

 

 

私は教育を『べき』論で語り合うことが好きだった。

 

 

現状を批判することもあった。

 

しかし、批判していても変わることはなく、

 

 

今できることを各自の役割で実行している。

 

 

すでに次の教育の形は、公開されている。

 

Society5.0に向けた人材育成に係る大臣懇談会:文部科学省

 

 

次の時代に向けた行動を始める時である。

 

 

まだ答えはない。誰もが手探り状態である。

 

 

『べき』論ではなく、自分が何がしたいのか?

 

答えがないからこそ、前例がないからこそ、

 

今から子どもたちと向き合い、

 

教育を志す学生同士が語り合い、

 

子どもたちにできることを考え、実施したい。

 

 

学校の教育過程ではなく、団体に縛られることなく、

 

 

何が子どもたちにできるのかを個人として考え、実施する。

 

 

 

そんなまっすぐ教育を考えられるプログラムが

 

あってもいいんじゃないかと思っている。

 

そのプログラムが教育キャリアツーリズムです。

 

 

もちろん、私たちが楽しんでやることはもちろん大切にしている。

 

 

楽しくなければ続かない。

 

 

そんな2週間を共に過ごしてくれる仲間を募集しています!

 

ぜひご参加下さい!

 

careertourism